失恋と折れたハイヒールとおじさん


【失恋と折れたハイヒールとおじさん】

 


失恋した。

うすうす気づいていたけれど、今日、彼の口から直接言われてしまった。

何も言えず、ただ立ち尽くす私を置いて彼は去っていった。

帰り道に見つけた初めてのBARで浴びるようにお酒を飲んだ。

どれだけ飲んだんだろ。

「そろそろ閉店のお時間ですが、タクシーを呼びましょうか?」

マスターがそう言ってくれて少し自分を取り戻した。

「あ、いえ、そんなに遠くないので、歩いて帰ります」

かなりフラフラだったけれど歩いて帰りたかった。

何かにつまずいて膝から倒れる。

靴が脱げたので目をやると、折れたヒールが目に入った。

涙が溢れてきた。

この絶望感はなんなんだろう。

心に何かが突き刺さったままな感じ。

しばらく泣いて落ち着いたので、もう片方の靴を脱ぎ

両手に持ってまたフラフラと歩き出す。

空が少し明るくなりだしていた。

人は殆どいなかったが自販機で飲み物を買っているおじさんがいた。

ちらりとこちらを見たけれど、すぐ目線を外す。

両手に靴を持ちながらフラフラと歩く女って、はたから見たらどうなんだろう。

まぁ、どうでもいいか。家に着いたらシャワーを浴びて寝よう。

そんなことを考えながら歩いていると

「おい、姉ちゃん」

後ろからドスの聞いた声に驚き振り向くと、さっき自販機で見たおじさんだった。

「ふらふらしてるから、これでも飲むがよい」

と暖かいペットボトルのお茶を渡された。

「気をつけて帰るなりよ」

と謎の語尾で言われちょと笑ってしまった。

「ありがとうございます」

慌てて真顔を取りつくろいお礼を言った。

おじさんは無言ですぐさま親指を立て子供っぽい笑顔を見せた。

前歯が一本なかった。爆笑してしまった。

それを見ておじさんは満足そうにうなずきながら行ってしまった。

それからの帰り道は不思議と悲しくなかった。

家についてシャワー浴び、いつもの習慣で日記をつける。

失恋 折れたハイヒール おじさん

それだけ書いた。

ベッドに潜り込んだが、
満面の笑みで親指を立てる

前歯の抜けたおじさんの印象が強すぎて

しばらく思い出し笑いが止まらなかった。

親切なおじさんに心から感謝し、眠りについた。


 

 

あとがき
当初は、脱サラに失敗し途方に暮れる前歯 折輝(まえば おれてる 56歳)が突如

謎の宇宙船に連れ去られ脱出するみたいなSFものを書こうと思ってたんですが、

どうしてこうなった…。

(2014/12/22)