「萌ゆるお燐さん!」
ある夏の晩のこと、呑み処にて仕事あがりのふたりが話をしていた。
「ところで、静吉さんは、幽霊をみたことはあるかい?」
「なんだい源さん、ぶっきらぼうに、そんなもんないよ」
「いや、実はね、町はずれの屋敷跡に丑三つ時になると、お燐さんていう
めっぽう美人の幽霊が古井戸から出てくるって噂があるんだよ」
「ああ、その話か、聞いたことあるよ、なんでも昔、将軍様から預かった
高価な紙を一枚無くして井戸に落とされたとか、ふびんだねぇ」
「そうそう、よく知ってんじゃねぇか、実はおとといそのお燐さんを見てきた」
「ええ!そりゃ本当かい?怖くなかったのかい?」
「見に行くまでは、そりゃ怖かったが、見てしまえば
なんてことはないよ、枚数数えて1枚足りなーいて
言って、すぅーっと消えていくだけだし」
「何よりも美人だからねぇ、惚れ惚れしちまったわ」
「ほ~、そんなに美人さんなら俺も拝みてぇもんだなぁ」
「なら、今晩どうだい?」
「行く!」
かくして、ふたりは丑三つ時の少し前に屋敷跡でおちあった。
古井戸の前に、お燐さん目当ての野次馬が3人、茣蓙を敷いて酒を飲んでいた。
「源さん、なんか手慣れた連中がいますな」
「ああ、常連さんだよ、お燐さんを見守るかいとか言ってたな」
「ほぼ毎日来てるらしいよ、ハッハッハッ」
静吉は、それはそれで不憫な連中だと言いかけたが聞かれるのもまずいと思い
そこはぐっとこらえた。
と、そのとき急に背筋がゾッとして、体が震えだした。
「お、静吉さん、始まるよ、しっかり見ときな」
源さんがそう言ったのも束の間、古井戸から人魂がすぅっとあらわれた。
「いよっ!お燐さん、まってましたぁ!」
お燐さんを見守るかいの誰かが叫んだ。
静吉は人魂にはもちろん驚いたが、それ以上に見守るかいの合いの手に驚いた。
人魂がゆらゆらとゆれだしたかと思うと、少し透けた人の形があらわれ、やがて
女だとはっきりわかるぐらいになった。なるほど、色気漂うたいそうな美人である。
静吉は目が離せなくなった。
お燐さんは何か物悲しそうな面持ちで
「いちまい~、にまい~、さんまい~」
「静吉さんどうだい、いい女だろ」
と小声で源さん。
「思ってた以上です」
と、静吉も興奮しつつ、小声で答える。
「ろくまい~、しちまい~、はちまい~」
「……あら」
お燐さんの動きがとまり、どうもおどおどしだした。
何か様子が変である。
「おや、こないだは九枚までだったんだが、おかしいな」
源さんも不思議がっているようだ。
「お燐ちゃん、どうした~?」
みかねたのか、見守るかいのひとりが叫んだ。
「あ、いえ、いつもと数が……」
か細い声で、お燐さんが思わず答えた。
「あ、くっついてた……」
「きゅ、きゅう~ま~い、い、いちまい足りない~」
明らかに声が上ずっている。
お燐さんが、ちらっとこちらを見た。
「ご、ごめんなさい」
恥ずかしそうに、軽く会釈をしてすぅっと消えていった。
野次馬一同、そろってほっこりした。
その後、見守るかいの中に源と清吉の姿があったのは言うまでもない。
おしまい。
あとがき
「ワタシとアルジ」の少し後に製作したお話です。こちらもYARUKA実験室で
ウェブアプリとしても、ご覧いただけますので宜しければご確認下さい。
最近使い回しが多いですが、ご了承下さいw
(2014/3/27)
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